キラキラの方へ。

しがないミソジのゆるふわ雑記

夢がある 野望もある たぶんずっと:今、「手越くん?!」なスピッツ3曲

手越くん、30歳の誕生日おめでとうございます!

例によって「NEWSメンバー×スピッツ」で勝手なお祝いとさせていただきますね♪ …遅れちゃったけど(汗) 11/11は二宮氏の影響でポッキーの日とインプットされていましたが、手越くんの誕生日でもあったとは!めでたい!

 

出だしからなんなんですが、手越くんは私にとってはNEWSの中で最も謎の生物です。他のメンバーも謎は謎なのだけど、手越くんは別次元☆

実は『世界の果てまでイッテQ!』を見ていないという暴挙をしでかしているものですから、謎なのはあたりまえっちゃあたりまえなんですよね。(石でも投げてやってください。)でも、私の情報量は各メンバーそんなに変わらないので(←オイ)、手越くんのことが謎なのは情報量のせいだけじゃないのです。

端的に言うと、何から何まで私と違いすぎるから。理解しようなんてとんでもない。むしろ参拝したい。光り輝く手越教の教祖を。そんな気分です。ま、これはちょっと言いすぎだけど(笑)

手越くんだけ「くん」付けで呼ばせてもらっている理由もそこから来ているのかもしれません。「さん」にしちゃうと、私の目には姿が見えないほど遠いところに行ってしまいそうなので、「くん」と呼んで無理やり親近感をもてるように自分をうながしているような気がします。

そんなあわれな人間なので、手越くんが弱った様子を見せるとすごい萌えます。NEWSがパーソナリティーをやった24時間テレビ終了後の『変ラボ』企画の手越くんを思い出すと、いまだにウフウフする。そうした姿をたまには見たいけど、たまにだから良いんだよなぁ。

 

と、先に断りつつ、今回の選曲ポイントを。

率直さ・ストレートな表現

言うまでもなく、彼はまっすぐな人。そのまっすぐさは、傷を負ってでも選び取り実現させてきたもので、しっかりと芯が通っていると感じさせるのがすごいところ。(教祖を崇拝しているもので。) ちなみに彼のまっすぐさは他者の認識においても同じみたいで、ちらほら発言する「女の子って~が好きなんでしょ?」に登場する女の子像がまぁ限定的!「もてるためには」といった構想を聞いても、すごいストレートな人なんだなーと思わされます。感覚の鋭さが一周してふりきってしまったのか?あるいはねらいがピンポイント過ぎるのか?

想いの強さ(ポジティブ方向)

彼の発言には、こめられた想いの強さを感じます。あまりの反応の速さに、反射的に答えているんじゃないかと疑う時もあるのだけど、理由を尋ねるときちんと筋が通っている。彼のこれまでの経験をふまえて、瞬時に最適解を出しているような力強さや説得力があります。(教祖を崇拝しているもので。そのⅡ) ディベート能力でつくろっている時もあるのかもしれないですけどねw

刹那的な一途さ

なるべく若いうちに結婚はして、子どもがほしいというのは揺るがない希望のようだけど、固定的な人は今のところ必要ないらしいですね。一人の人に限定して愛を注ぐことができないとか。でも性的な行動はまた別みたい。セクシャルな魅力をプライベートでも維持することが、自分のファンにもとっても魅力的にうつるという確信を持っているだけでなく、それを公言するのが彼ならではだなーと思います。かといって「俺に触れたら火傷をするぜ」的な乱暴な対応ではなく、女性を紳士的に扱うのが彼のモットーだということもよく知られているところ。なにはともあれ、その瞬間的な愛のエネルギーにぴったりくることも大事にしてみました。(このところラジオも追えてないので、変わってきていたらごめんなさい!)

 

 

1.今一番「グングン疾走 手越くん」な曲 

『8823』(アルバム『ハヤブサ』収録)

ライブ映像が2018年1/9まで公開中です!フルで聴けちゃう!↓

gyao.yahoo.co.jp

8823 - スピッツ - 歌詞 : 歌ネット

スピッツのライブに行っている人にはおなじみの『8823』。確実に盛り上がる一曲です。疾走感とラブ感のバランスと、双方の力強さが手越くんを思わせるので選曲。

 

あの塀の向こう側 何もないと聞かされ

それでも感じる 赤い炎の誘惑

手越くんには信じた道を進んでほしいなーと思います。そうした姿勢が彼の輝きの源の気がするから。「赤い炎」ってところも手越くんっぽい。

 

誰よりも速く駆け抜け LOVEと絶望の果てに届け

君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ

「君を自由にできるのは 宇宙でただ一人だけ」「君を不幸にできるのは 宇宙でただ一人だけ」という詞。これをぜひ手越くんに言ってほしい!というのが、『8823』の一番の選曲ポイントだったりしますw 

草野さんが歌っていると、草野さんのイメージと詞の率直さとの間に生じる摩擦に、ある種の味わいが生まれるのだけど、手越くんをイメージすると詞がまんまストレートに響いてくるので、全然違う印象になるのがおもしろい。「自由」だけだったら、ちょっと思い上がりの勘違い野郎にもなりかねないけど(言い方)、「不幸」がはさまれることで深さが出ているように感じます。「宇宙でただ一人だけ」って言ってみてほしいなー。

「誰よりも速く」っていうのも、手越くんの前向きな競争心が思い浮かぶ。「絶望」ってのはらしくないかもしれないけど、「LOVE」と併記され、かつ「果てまで届け」というパワーによって、イメージが反転する気がします。

 

裸の胸が 触れ合ってギター炸裂!

うんうん。

ギターの音もギュイーン来てます。

 

簡単なやり方でいいよ ガンダーラじゃなくてもいいよ

愚かなことだって風が言う だけど

ここ、これまで完全にエロ目線で聴いてました。てへ。

前に出てくる「トロピコ」がゲーム由来のようなので、「やり方」っていうのはゲーム的なことを指すのかもしれないですね。

エロ目線の方が手越くんと合んじゃないかと思うけど。(←)

 

個人的な手越くんイメージにおいては”王道”なんじゃないかと思う曲です。

 

 

2.今一番「ゆらりと浮遊 手越くん」な曲 

日なたの窓に憧れて(シングル『日なたの窓に憧れて』、アルバム『惑星のかけら』収録)

日なたの窓に憧れて - スピッツ - 歌詞 : 歌ネット

「宇宙でただ一人だけ」と伝えた後には陶酔の時間を。

スピッツの中でも屈指の陶酔曲だと個人的には思っております。繰り返されるピコピコ音と流れるような演奏、そして草野さんの声が溶け合って、意識をとろんとさせられる。

こういう甘々で、なんとなく刹那的なところ、合うと思います!(エロ詩吟ではない。)

 

君に触れたい 君に触れたい 日なたの窓で

漂いながら 絡まりながら

それだけでいい 何もいらない 瞳の奥へ僕を沈めてくれ

ちょっと切なげな描写もあるのですけど、信頼する人の前ではこんな面を見せても良いですよね。そこからの、ここですから。 小山さんじゃないけど、甘える手越くんって良い。

 

愛にも集中力がいると思うのです。相手への想いに対する集中力、今ココにおける集中力。この陶酔は、集中して強く一瞬にのめりこんでいないと生まれない陶酔だと感じます。そんなところが手越くんのイメージに通じるなぁと思いました。

 

 

3.今一番「さらりと客観 手越くん」な曲 

『ハイファイ・ローファイ』(アルバム『99ep』・『色色衣』*1 収録)

ハイファイ・ローファイ - スピッツ - 歌詞 : 歌ネット

そして、元気に通常運転手越くん。

 

Fly hight! 甘い囁きにも フラフラと

ハイファイ ローファイ 俺はそれを愛と呼ぶよ

OK!憧憬 キビしい時もあるけれど

ハイファイ ローファイ 俺はそれを愛と呼ぶよ

手越くんって愛と呼びそう感ある、と思うのです。なんだろう、物事を前向きに捉えるところが、愛と呼びそう、なのかな。とりまく事象をガンガン愛と呼びまくって、この世を渡っていってほしいです。

 

誰も彼も イイこと言うが

欠けた夕陽が見えるだろう?

熱きソウル 蹴とばして 今日も

追いかけていく

手越くんは簡単には巻かれない。

「蹴とばして」はサッカーにこじつけw 手越くん標準装備の「熱きソウル」を蹴とばしちゃってるんだけど、どっかにやっちゃっているというよりも「熱きソウル」も自分の制御下に置いていると思うとはまる気がします。今日”も”だから、継続感があるようにも思える。ドリブル的な、あるいは一度離れても戻ってくるボール的な。

 

Ride on! 毎度 カワイイだけで大好きさ

ハイファイ ローファイ 俺はそれを愛と呼ぶよ

「カワイイだけで大好きさ」も手越くんに言ってほしいワード!あ、彼が相手に対してそれだけ求めていると言いたいわけではなく(手越くんにはカワイイだけじゃ通用しないだろう)、彼自身が「カワイイ」にプライドを持っていると思うから、かな。この詞と手越くんのキャラクターとのかけ合わせによってしか生まれないハレーションがあるのでは、と。

 

さぁ 逃げろ 白い壁 突き破って

骨の音が 空に響くまで

ここも「逃げろ」や「骨」といったネガティブな言葉を用いているようで、「突き破って」「空に響くまで」と突き抜ける勢いはめちゃくちゃポジティブ。「LOVEと絶望の果てに届け」と同様のイメージがあります。手越くんにも壁を全力で突破していってほしい。

 

ムダなことが こぼれそうでも

交尾のための生じゃなく

「交尾のための生じゃなく」は、子孫を残すことがメインの人生じゃなく、って意味かなーと個人的には考えています。手越くんは子どもは絶対ほしいということなので、パッと見対照的っちゃそうかもしれません。でも、手越くんの場合「交尾のための生」をかなり意識的に扱っていると思うのです。生物的欲求に無自覚に支配されることなく、自分の人生を制御しようとしているのだろうと。それは、「交尾のための生」じゃない部分の重要性も自分の中にしっかりと置いて、つり合わせていこうという姿勢の表れ。なので、この詞にも相反することにはならないんじゃないかなぁと。

逆にこんなことをはっきり言っちゃうあたりが、っぽいと言ってもいいかも、と思います。

 

なんとなくノリノリ系の曲に分類していたけれど(好きなんだよ?)、改めて詞を見てみると自分をすごく客観視している曲だなという印象も受けました。手越くんはそういうとこあるよねーという、私の勝手なイメージで選曲。

 

 

番外編.今一番「キランと魔性 手越祐子ちゃん!」な曲 

『ナナへの気持ち』(アルバム『インディゴ地平線』収録)

こちらも2018年1/9まで公開中!↓

gyao.yahoo.co.jp

ナナへの気持ち - スピッツ - 歌詞 : 歌ネット

手越くんだけおまけです☆この曲のナナちゃんが、私の妄想上の祐子ちゃんにマッチするんで無理やり紹介!

 

誰からも好かれて片方じゃ避けられて

たまに少しクールで 元気ないときゃ眠いだけ

お茶濁す言葉で 周りを困らせて

小山青年が祐子ちゃんについて歌っているイメージで聴くと楽しいですw こういうところが小山青年をメロメロにしたんだろうなぁ、なんて(笑)

たぶん祐子ちゃんが高校生くらいのときでしょうね。うん。というのも「日に焼けた強い腕 根元だけ黒い髪」っていうところが、まだ完全に美容に目覚める前のはつらつとした祐子ちゃんなのかなって。(@妄想) 

 

だからナナ 君だけが ナナ ここにいる

ナナ 夢がある 野望もある たぶんずっと

「夢がある 野望もある たぶんずっと」というのが、とにかく祐子ちゃん!祐子ちゃんと私が同じクラスだったとしても友達になる機会はないだろし、彼女は周囲に誤解を受けがちだろうけど、ハラハラドキドキしながら遠くから見ているだけで好きになりそう。(@妄想)

 

幸せの形を変えた

君と生きて行くことを決めた

”魔性”って言っても、フェロモン系の”魔性”じゃなくて。むしろ信仰。人生観。それをハッキリと動的で生き生きとしたものに塗り替えるような力を祐子ちゃんはもっている。長いものに巻かれたり、周囲の顔色をうかがったりしないから、生き易いわけじゃないんだけど、生命力にあふれているんだと思います。それを”魔性”としました。

 

 

実はこれまではMVが公表されている曲を1曲入れることを自分に課してきたのですが、私にとって、より手越くんにぴったり来ると思える曲がMV公開されている曲ではなかったことが逆におもしろいなぁと思いました。(なので今回はGYAO!の期間限定公開映像で補足。)でも、ぜひ聴いてみてほしい曲ばかり。MV公開曲がスピッツのど真ん中だとするならば、今回選ばせてもらった曲ではスピッツのふり幅を感じてもらえるのかもしれません。(いや、なんだかんだけっこうマジメな曲を選んでるから、実際はもっとふり幅があるのですが。)

最初、手越くんにちゃんと合うと思える曲あるかな~とうっすら不安だったのがウソのよう。何度も聴いている曲なのに、選曲を目的に改めて聴くと思い込みや発見がたくさんありました。思いつき企画がなんとか1周できて良かったーとホッとしております。

選曲してみて思ったのは、私は力強い手越くんが好きなんだなーということ。「実はもろいところが…」とかってのは彼が見せない時にはあるのかもしれない。葛藤や不安や後悔や悲しみや何かに一瞬支配される時が。実際に、彼の発言やライブ等でのあれこれにおいてかいま見せる時があります。増田さんはそういう”手越像”をプッシュしがちなふしもある(笑)*2 手越くんに無理しすぎないようにしてほしいって想いもあるのかな?まぁ、手越くん本人は無理はしていないと言うのだろうと思いますが。それに、手越くんはそういう面を、まだ公に見せたいと思っていないのではないかなと。けど、30歳になって、もしかしたら懐とか余裕を見せる方向に向かって、ちょっとずつ(占いにもあったような)「キャラ変え」はしていくのかもしれないですね。それは任せる。してもしなくても。

いつも強い手越くんでいてほしい、ということでは全くないのです。私は手越くんが見せたい手越くんを見たいよ!ってこと。たまーに見られる弱った手越くんに萌えながらw これからも強いところも強がりもまるっと見ていきたいなと思います。*3

 

と、いうことで、29歳の手越くんをこんな風に捉えてたんだけど、いい?という報告でした。

30歳が手越くんをさらにのびのび進化させていく1年になりますように

 

*1:NEW MIX

*2:「強そうなのに弱い」@Jweb ってなんじゃい(笑)

*3:世界の果てまでイッテQ!』を見てないと言った口で言う←

私は24時間テレビに期待したい

私は「24時間テレビ」に期待している。

これは皮肉でもなんでもない。

高齢者や障がい者、さらには途上国の福祉の実情を視聴者に知らせる」*1 ことに24時間費やすのは、1年を通してこの番組だけなのだから。

 

24時間テレビを見るきっかけになったのは嵐だった。2012年の嵐3回目のメインパーソナリティーの時に初め見た。見ていないながらも24時間テレビへのイメージはある程度あって、それは今も見たことがない方々とほぼ同じようなものだったと思う。嵐が出るとはいえ、もんもんとした気持ちを抱えながらの初試聴だった。

予想外にも、そこで私の偏見の一部は払拭された。出演者は真剣だし、ちゃんと感じているし、伝えようとしているということがわかったから。

けれど、改めて考えてみたいと思う。24時間テレビのことを。

今回私が違和感を感じてしまった24時間テレビの側面は、きっとずっとあったものだから。24時間テレビの全てを否定したいわけじゃ決してない。でも、在った違和感を無かったことにせず、書いておこうと思う。*2

 

【目次】

 

 

1)動機 

 

今年、実は私は期待していた。それは昨年NHKの『バリバラ』*3 から『感動ポルノ』*4 という形容できついつっこみを入れられていたからだ。それを受けて24時間テレビはどう出るのだろうかと。

残念なことが起こったのは、特別養子縁組について取り上げたコーナーでのことだった。

まず、ある”告白”をしたいと応募してきたある親子が紹介された。そして「一見幸せそうな家族」という男性ナレーション。(画面にも「幸せそうな家族」というテロップ。)そして「しかし…その告白は驚くべき内容でした」と続き、実は「私の子どもじゃない」という母親の告白となったのだった。

これに私は別の意味で驚いてしまった。

「幸せそうな家族」≠養子縁組の家族とでもいうのだろうか?それに、「驚くべき内容」という表現が適切なのか?いたずらに「衝撃的」に扱うべきことだろうか?違和感を感じた。

ここで勘違いしてほしくないのだが、私はこの”告白”自体に違和感があるのではない。そうした「真実告知」については以前ドキュメンタリー番組を見たことがあった。何も知らなかった私は物心ついてから伝えるものなのかと漠然と思っていたので、物心つく前に伝えることが多くなっていると知り驚いた。そして伝える時の決まった年齢などなくて、それぞれの親が悩み決断して伝えていることを知った。(24時間テレビのコーナー内でも物心つく前の4~6歳ごろの告知が増えていると紹介されていた。)だから、その決断を自らでして、テレビを利用することも自分で決めたのなら、その母親が「真実告知」をすることについて批判するつもりはない。テレビの前で初めての「真実告知」を行なうことに賛否両論あるのはわかる。子どもの顔出しは避けることもできただろう。でも、隠すようなことじゃない、もっと知ってほしい、考えてほしい、という母親の意思があるのだとしたら、明確に白黒つけられることではないと思う。(ちなみに以前見たドキュメンタリーでは、養子だと知ると、日本では「かわいそう」という反応をされることに驚くと言う海外在住の夫婦も紹介されていた。)

そうではなく、この家族や状況を表現する言葉が、全く相応しくない、と言いたいのだ。全てナレーションの言葉に対する違和感。けれど、そのナレーションは24時間テレビの「演出」を象徴しているように感じられて、私をがっかりさせた。

実は”告白”を待たずに、家族がチャンネルを変えたいと言ってきたため、その後は見られなかった。(私も抵抗する気力を失っていた。)けれど、これを書くにあたって某所で続きを見た。するとナレーションはさらに「本当の親子のように一緒に歩んできた5年間ですが」と続いた。そして”告白”を終えた後には「ずっと心に秘めていた隠し事がなくなり、本当の親子になった」というナレーション。…ああ、やっぱりダメだ。私の思い過ごしじゃなかった。ナレーションが完全にダメ。様々な事情でそうした”告白”をしないことを選択している家庭だってあるだろうに。伝えるか伝えないか悩んでいる家族だって、気がついていても言い出さないでいる子どもだっているだろうに。「隠し事がなくなった」=「本当の親子」とは、なんて暴力的な表現。そんなことにも想像力が及ばないのだろうか。

番組冒頭では、母親の「普通の子じゃない」という言葉に傷ついた義足の女性を紹介していた。にも関わらず「幸せそうな家族」とか「本当の親子」とか、とても抽象的で価値観や状況によって異なるような表現で、この親子をまとめてきたのだ。

もし出演者本人がこうした表現を使用していたのなら、ナレーションがそれを引用するのもしょうがないかもしれない。しかし誰もそんな表現は使っていない。唯一「本当の」は出てくるけれど、それは「本当のママじゃない」んだという母親の「真実告知」の言葉。それは、まだ小さい子に伝わるように、あえて厳選しだ言葉なのだと思う。やりとりの様子はとても真剣だったし、軽い気持ちで言った言葉ではないだろう。なのに。

”告白”現場に同席し、武道館でもVTR後のコメントを求められた櫻井翔さんは「これが新たな一歩と言うよりは、また昨日と明日と変わらないような一日になったらいいなと思ってます。(前後略)」と、述べていた。ナレーションとは明らかに違うテンション。何でこんなナレーションになっちゃったんだろう?確かに言葉は難しい。どう表現すれば良かったのか、正解を提示できるわけじゃない。だけど、今回伝えることをメインテーマにすえているにも関わらず、これか…。”テレビ番組”にするために、ここまで「衝撃的」に味付けする必要があるんだろうか?『感動ポルノ』という言葉が改めて意識された。

 

「え、そんな一言二言で?しかも一つのコーナーの?」と思われる方もいるだろう。(私も、一人だったら、それでもチャンネルを変えずに見ていただろうとは思う。)

けれど、そうした繊細さの無さを、今回私は他にも感じた。

まず、下記のコーナー紹介。

「フィギュア羽生結弦 テレビ初告白 少年と夢のアイスショーwith 郷ひろみ

2歳の時に小児ぜんそくと診断された羽生結弦選手が、病気を言い訳にせず世界のトップで戦い続ける思いをテレビで初告白。今回、羽生選手は同じぜんそくの少年にスケートを指導。
郷ひろみと共に病気に負けないで頑張っている子ども達にエールを送る夢のアイスショーを開催します。

特に「病気を言い訳にせず」という部分。「病気に負けないで」という表現もどうかと思う。「病気」を「戦争」に言い換えてみてほしい。戦時下の子どもに「戦争を言い訳にせず」という形容を使えるだろうか?戦争と同じように、病気を背負った子どもたちにも何のとがもないのだ。本人がそう表現するのはかまわない。そう思うことで気持ちを奮い立たせるタイプもいるだろう。他にも、同じ境遇の人間があえて言ってみせることもあるかもしれない。でもそれは互いの理解や信頼関係があって初めて行なわれるべきことだ。この紹介文には、元熱血教師がそのころの成功体験を引きずったまま、テレビ越しの何の関係もない青少年にまで、そうした熱い言葉をかけている時のような違和感があった。

24時間テレビは番組の公式ツイッターでもこの表現を使い、結果物議をかもしていた。 (医療的観点からも問題のある表現のようだ。)

このコーナーを見た。そうしたら、ナレーションではやはり「言い訳」という言葉を使っていた。しかし羽生選手は一度もそんな言い方をしていなかった。羽生選手は同じ境遇の男の子に「みんなと違う経験をしてるかもしれないけど、自分にとっては普通じゃない?別に人と比べる必要はないよ」と気負いなくナチュラルに話しかけていた。ナレーションと出演者の意識のかい離をまた感じた。

 

個人的には、こちらも気になった。「24時間テレビドラマスペシャル 『時代をつくった男 阿久悠物語』」のラテ欄の紹介文だ。「名曲5000生んだ天才作詞家知られざる苦悩・・・支えた妻の愛」というものだった。「支えた妻の愛」か…と。阿久悠氏をよく知っている人ならば、もしかすると「そんな存在が?」と興味をもつのかもしれないが、そういう年代をねらったドラマなのだろうか?実際に「支えた」のだろうが、型にはまった表現過ぎるのではないかと思えた。それに、そうした「内助の功」的価値観を見所として前面に出してくる番組の感性に疑問を感じた。

ここでも書いておきたいのだが、亀梨和也さん演じる阿久悠氏は新たな強い女性像を意識的に描いた作詞家であることがドラマでは強調されていた。松下奈緒さん演じる妻も一風変わっていて、家で待っている妻ではなく自分の好きなことを楽しみ、精神的には自立し合いながら大切にしあう夫婦として描かれていた。そして田中圭さん演じる上村一夫氏という大切な友人の存在も。なのに紹介文は「支えた妻の愛」。文字数での限界はあるだろうが、もっと他に何かなかったのだろうか?単純な感動のパターンに当てはめてしまってはいないだろうか?

 

これは重箱のスミをつつくような指摘だろうか?私は違うように思う。「スミ」ではなくて「重箱」規模の問題ではないだろうか。例えるなら、中の料理の素材は充実しているし、それぞれが”本物”なのに、ゆがんだ形の「重箱」につめられてしまっている、という状態。24時間テレビをちゃんと見ない人には、重箱しか見えないのだから大問題だ。

では、ナレーションや告知を修正すればそれで解消されるのか?残念ながらそれだけでない気がする。構造が単調になってしまっているのではないだろうか?重箱で例えるなら「味付け」、つまり演出が。2012年の嵐から見始め、もちろん全て見ているわけではないけれど、メイン企画内容を確認したときに「あまり進展がないな」と思ったのは、そうした構造の単調さがどこからともなく感じられるからだろう。

 

そこで、ではどうなれば「進展」したと思えるのか、考えてみたいと思った。

主に障害のある人との企画に関して取り上げる。(「しょうがい」には「障碍」や「障がい」といった様々な記載についての考え方がある。今回は『バリバラ』で使用されている「障害」を使用したいと思う。)

私は当事者ではないし、教育や福祉の密な関係者でもない。そんな立場なので、たぶんとても浅い。浅さゆえに繊細さに欠けたり、一面的だったりすることを私自身がしてしまうかもしれない。こわい。けれど、一度書いておきたい思う。それと、私が見ていないだけでもう充分やっているのだったら、「勘違いしていてごめんなさい」と謝りつつ喜びたい。

 

 

2)24時間テレビに期待すること

 

・個人のがんばり以外にも目を向けてほしい

今回の『バリバラ』のあそどっくさんのコーナーには思わず心動かされてしまった。自力で移動することができないあそどっくさんが熊本にある日本一長い3,333段の石段を登る挑戦。階段版ヒッチハイクのようなもので、高齢の人から子どもまで、色々な人の手を借りてじわじわ登っていく。途中、このペースで行くとヘルパーさんの拘束時間を過ぎてしまうため(この理由も味わい深い)断念するか?という状況になるのだが、階段を使ったトレーニング中の熊本高校サッカー部の集団に残りの段数をお願いできることになって、見事”夢”が達成できたのだった。あそどっくさんは「帰りもお願いします」と学生にちゃっかり伝えて、人に頼むという姿勢をひょうひょうと貫いていた。

私が心動かされたのは、あそどっくさんのような障害者と直接関わったことがないような人達が、戸惑いながらも、協力していた様子なのかもしれない。そうした人達はものすごくがんばって協力しているわけではない。「あそどっくさんを頂上に連れて行くために何週間もトレーニングをつみました」とか「あそどっくさんは本当にがんばっているので、僕もそれを返したいと思いました」みたいなことは全くない。こう言うと御幣があるかもしれないが、偶然通りかかった人が、無理のない範囲で協力しただけ。でもそれが素敵なことだと思った。できなかったりやりにくいことを”克服”するために”立ち向かう”みたいなやりかたもあるだろう。(あそどっくさんの登頂だって、感動演出にしようとすればできるだろう。)でもそれだけじゃない。少しずつ助け合うことで、どこかに大きな負担がかかることなく実現できることもある、というシンプルなことが感じられた。

24時間テレビは「やってあげている」ように見えることを排除しようと気を使いすぎるためか「本人の努力」を強調し、「協力し合えることは、協力し合う」みたいなことを取り除いてしまいがちなのではないだろうか。苦手な部分をサポートしあいながら挑戦するコーナーがあっても良いと思う。それも、力を入れすぎないで。共生社会というのはそういうものではないのかなと思ったりする。

 

・個人や家族以外のつながりにも言及してほしい

たいていのコーナーが本人と家族で完結してしまっている気がする。もっと幅広い関係に目を向けたコーナーがあっても良いのではないだろうか。

今回の企画「林修が日本一のチョーク工場へ 社員7割が知的障がい者」は、そういう意味では珍しいコーナーだった。

日本のチョーク業界シェア率ナンバー1を誇る会社「日本理化学工業株式会社」実は社員7割が知的障がい者である。「障がいがあるから仕事が出来ない」と決めつけず、「どうすれば健常者の手を借りず作業出来るのか」を考え、知的障がい者の人と共に成長した会社を林修が訪れる。

最初はかわいそうという同情→でも、障害がある人にとっての働く意味をとらえなおして→力が発揮できるよう工夫をして環境を整えた、ということだった。こうした社会的なつながりやサポートを取り上げることも増えたら良いなと思う。(ただし、働ける人ばかりを持ち上げる演出は避けてほしい。また、障害のある人が働く場の多様性や地域とのつながり等も紹介していってほしい。)

それと、障害のある人同士のつながりももっと取り上げられると良いのではないだろうか。今年の『ハートネットTV』で「働く聴覚障害者限定! 静かで熱い座談会」*5 という聴覚障害の人が複数人あつまってトークする企画があった。同じ「聴覚障害者」でも、それぞれの状況が大きく異なっていてとても興味深かった。障害のある人同士の交流を通して障害の多様さへの理解が深まるし、そうした障害がある人との関り方についても考えられる機会になると思う。

個人を取り上げると、どうしてもその人がその障害者の代表のように見えてしまいがちになる。そうした懸念も減らせるのではないだろうか。

 

・取り上げ方が難しいところ、わかりにくいところにも挑戦してほしい

29年度のデータによると*6、単一の障害種を対象とする特別支援学校の在学生100,770名のうち、知的障害の学生は78,955名(78%)、複数の障害種を対象とする特別支援学校の在学生39,051名のうち、一番多いのは知的と肢体不自由の重複障害の学生25,503名(65%)だという。

今回、知的障害の人を主にしたメイン企画は「林修が日本一のチョーク工場へ 社員7割が知的障がい者」と「子ども達が夢の仮装大賞に挑戦!仮装レジェンドと共演」の2つ。知的障害の人の状況は千差万別なので、それをふまえるとわりと狭い範囲が取り上げられていたように感じる。わかりやすさに落ち着かずに、もっと伝えることや理解することの難しさを含めて伝えてくれたら良いのにと思う。

 

・今、乗り越えていない人についても考えてほしい

今、一番サポートがほしいのは、”乗りこえ”られていない状況の人だろう。そういう人に手を伸ばせる企画はつくれないだろうか。困難な状況にある個人を取材するのは難しいと思うし、無神経なことになるかもしれないので、困難を抱える分野として特集するとかなら可能なのではないだろうか。

 

・健常者の意識にもスポットをあててほしい

普段障害者と関わる機会が少ない健常者にスポットを当てるコーナーがあっても良いのではないか。

『バリバラ』がやっている「ココがズレてる健常者」*7 的なことを、違うアプローチでも見てみたい。*8

 

・バラエティコーナーでも多様な人と関わってほしい

 『嵐にしやがれ』を今年も楽しんだ。でもせっかく24時間テレビの中でやるなら、障害のある人も何か関われないのだろうか。

普段接することが少ないだろうから、難しいところはあるかもと思う。でも難しいままで良いのだろうか?とも思う。24時間テレビの機会を使って、慣れていったら良いのではないだろうか。芸能人のそうした姿を見て、視聴者も障害のある人との接し方を省みられる。視聴者が自分の無理解を恥ずかしく思うくらいになったらすごいと思う。今年も小山慶一郎さんがさらっと手話をやる姿には尊敬のまなざしを向けてしまった。そういう体験をもっと増やしてほしい。

また、「感動」の中だけに障害者を閉じ込めることから脱することにもつながると思う。

 

・旬の作品とつながってほしい

24時間テレビのテーマとつながるような問題を扱った作品が毎年話題になっている。

例えば、2014年の『チョコレートドーナツ』*9、2015年の『みんなの学校』*10、2016年なら『聲の形*11 等。私は『聲の形』は見ていない。けれど、話題にはなっていたので興味はある。

こういう話題になった作品は、そのアプローチに賛否両論を巻き起こすものだったりするけれど、話題になる理由があると思う。どうして話題になっているのか、異なる意見や課題点もしっかりと紹介しながら、その作品が問いかけていることを考える機会を作ってほしい。

 

・ハード面や社会的な課題にも触れてほしい

今回の24時間テレビには下記のようなコーナーがあった。

「家族を支える母の右手~希望の義手~」

最新医療・最新技術:筋電義手筋電義手とは、筋肉が発する微弱な電気信号を利用して操作する義手のこと。日本での筋電義手普及率の低さ、そして現状を石原さとみが紹介する。

コーナーでは筋電義手の普及率は日本1%(ドイツ70%)だということ、使いこなすには1年くらいの訓練が必要なことを紹介しつつ、現在の日本の制度見直しについても言及していた。

こうした提案を扱うコーナーを支持したい。テレビで知らせる意義があると思う。

 

・福祉的メインコーナーを設けてほしい

メイン企画として、福祉界注目課題のようなコーナーを設けてほしい。

今年であれば、私は相模原障害者殺傷事件を取り上げてほしかった。福祉業界では話題にならざるを得ない事件だった。私自身、福祉関係に関わっている人と会うたびに話に出た事件だ。

昨年も今年も、24時間テレビを全て確認しているわけではないので、もしかすると扱っているのかもしれない。しかし、コーナー説明の言葉には一度も出てきていない。コーナーで扱うことが必要なテーマだと思う。(『バリバラ』、『ハートネットTV』はドキュメンタリー、テーマ論争など、経過を追ったり形を変えたりして何度も何度も取り上げていた。今年も7月に生放送を行なっている。)

そして、毎年、そうしたメインコーナーを設けてほしい。普段福祉系の問題に関心が薄い人にも見てもらえるという24時間テレビの力を発揮してほしい。

 

・毎年繰り返し、深まって行くコーナーがほしい

24時間テレビは、毎年振り出しからはじめているように感じられてしまう。

出演者は毎回違うのだし、24時間テレビを初めて見る人だっているのだからそうなるのもわかる。初めて見るようになった子どもたちだっているだろう。

だけど、私のように何度も見ている人間もいるのだし、深まっていったり継続するコーナーがあっても良いのではないだろうか。解決していない問題のその後を継続的に追うようなコーナーでも良いかもしれないし、もちろん楽しい系のコーナーでも良い。

 

・継続的な支援、社会的サポートやインフラ整備につながるようなアナウンスをしてほしい

24時間の募金で終わらないように、何か日常的にできる支援の方法をもっと紹介できないものだろうか。

お金がからんでくると紹介が難しくなることはあるだろう。なので、紹介先は公的な物事に絞られるかもしれない。それでも意義があると思う。

応急処置のハウツーなどを短いコーナーとして、24時間テレビの間に複数回扱ってはどうか、というツイートも見かけた。そうした医療的支援方法や、様々な障害のある人へのサポート例を紹介しても良いかもしれない。(『バリバラ』によると、同じ障害でも人よってサポートしてほしいことは異なるので、本人の意思を確認してほしいということだった。サポートの方法も型にはまった紹介にならないように気をつけてもらえると良いと思う。)

 

・これらの変化が、ライトな視聴者にもわかるくらいにしてほしい

私はコマーシャル中などにチャンネルを変えてもらったり、時折テレビをつけて確認をしていたのだが、たいてい感動的なBGMが流れていた。また、「つらかった→がんばった・支えた→のりこえた→ありがとう」の流れのどこかか…と心のどこかで思ってしまった。出演者は何も悪くない。でも「パターン化」して見えてしまう。「おっ」と思わせる変化をもっと感じさせてほしい。企画名やコーナー紹介を見ただけでも『感動ポルノ』から脱したことが伝わるようになったらすごいと思う。

 

 

 

3)終わりに 

 

24時間テレビでは、「24時間テレビの意義」が下記のように記載されている。

1978年(昭和53年)、日本テレビ開局25周年を記念し、テレビの持つメディアとしての特性を最大限に活用し、高齢者や障がい者、さらには途上国の福祉の実情を視聴者に知らせるとともに、広く募金を集め、思いやりのあふれた世の中を作るために活用する、との企画意図で始まりました。この募金の趣旨に沿った福祉活動を実施するため、非営利の任意団体「24時間テレビ」チャリティー委員会が組織され、現在では公益社団法人に移行し、国内外での活動を行っています。今「24時間テレビ」は、福祉・環境・災害復興の三本柱を援助の対象に掲げています。ともに同じ地球上に生きる人間として、さまざまな理由で苦しんでいる人々をこれからも支援していきます。またテレビメディアとしての機能を遺憾なく発揮し、私たちに何ができるかを訴え続けていきます。

これを見ると、「募金」が24時間テレビの大きな目的の一つであることがわかる。会場には毎年大きな募金集計モニターが設置され、最終募金額はその年の成果の指標の一つともなっているようだ。

そして、「募金」のために、健常者が寄付したくなるような番組作りをすることが正しいとするなら、私の提案のほとんどは意味がないものなのかもしれない。

「普通の子じゃない」と言われて傷ついた女性の挑戦が達成されたとき、その言葉を過去に投げかけてしまった母親が「普通の子以上にがんばり屋」と彼女をたたえていた。言っておきたいが、この言葉について批判する気は一切ない。ただ、この言葉には24時間テレビの演出が凝縮されているように思えてしまった。

24時間テレビでは、障害のある人が”普通”の人以上にがんばる姿が強調されるように感じる。まず、悲劇や困難が強調され、視聴者には苦しい状況にある人をサポートしたいという気持ちがわく。そして”普通”以上にがんばる姿を見せて、視聴者はその人にはサポートを受ける価値があると考える。こういうパターンをどうしても感じてとってしまう。そして、これこそが『感動ポルノ』と言われるものであり、かつ、短期的には募金につながりやすい構造なのではないだろうか。

でも、このパターンに留まることには危険がはらむように思う。逆説的に考えると、”普通”以上にがんばらないと、サポートする”価値”がないということにもなってしまいかねないから。

24時間テレビには、そんなつもりはないだろう。

でも、わかりやすい「感動」に安住していて良いのだろうか?と。

 

今回、この記事を書くにあたって、生では見られなかった部分もなるべく見るようにした。そうしたらやっぱり訴えかけられる瞬間があったし、出演者は活き活きとしていた。*12 個別に感想を書く余力がなくて申し訳ない。

テレビ番組なので、最終形がエンタメ系かスポーツ系に偏ってしまうのもわかる。それに今年は根性系の企画が少なめになったような気がしたし、根性系に挑戦するのも高校生以上が多くて個人的には安心した。また「告白」というテーマも、いわゆる”やらせ”のような企画をしなくても、”感動的”なシーンが自ずとつくれるので、よく考えられた設定だなとも思った。(ただし、どうしても”感動”の話になってしまうのだが…。)24時間テレビならではの特徴を出すことに難しさはあるのだろうが、少しずつ変わってきているのかなとも思う。私の脳みそではこれで限界だったけれど、きっと他にないおもしろさを見せていってくれるに違いない。

 

と、いうことで、私は来年の24時間テレビにも期待している。

そして『バリバラ』のつっこみや『ハートネットTV』*13 の丁寧さにも。

 

 

*1:24時間テレビ24時間テレビの意義」より

*2:日本テレビのディレクター岩下莞爾氏の手紙にもあったので。あと、今回は「である」調…気分的に。

*3:NHK バリバラ | 番組紹介

*4:『感動ポルノ』番組の構造を、感動へのステップ①大変な日常→ステップ②過去の栄光→ステップ③悲劇→ステップ④仲間の支え→ステップ⑤いつでもポジティブ、と分析していた。また、「不幸でかわいそう」×「けなげにがんばる」=「感動」の方程式であると。

*5:http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/program/index.html?id=201706132000

*6:http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2017/06/29/1386911_001.pdf

*7:NHK バリバラ | ココがズレてる健常者

*8:話は飛ぶが、アイドルがパーソナリティをつとめることはとても意味があると思う。アイドルが関わっていることで、興味をもつきっかけになることが一つ。アイドルの人となりや成長や変化を見たいから、そうした番組には試聴意欲がわくことがもう一つ。そして、アイドルに感情移入して追体験しやすくなることが一つ。アイドルの人々には、どんどん色んな体験をして、私達視聴者を考えさせてほしい。

*9:映画『チョコレートドーナツ』 オフィシャルサイト

*10:映画『みんなの学校』公式サイト

*11:映画『聲の形』公式サイト

*12:ここに書くけど、今年のパーソナリティについて言えば、石原さとみちゃんは色々すげーなと感心したし、小山さんの感情表現の豊かさやアイドルアピールにもぐっときたし、亀梨くんの歌声や決めるとこ決める感も良かったし、翔さんのお祖父さんのコーナーでの「こんな家族の物語をテレビでお伝えするのは恥ずかしい限りなんですけれど、このVTRをもってお伝えしたいことはただ一つで、僕ができなかったおじいさんとかおばあさんとかひいおじいさんとかひいおばあさんとか、もしご存命のご家族がいるなら、まさに”告白”と言うか、別に戦争のことだけじゃなくていいんですけれども、その時代に何を感じどう思ったのかということを是非今ご覧いただいたみなさんにも聞いてもらいたいなという風に思います」という言葉は彼が言う意味があったんじゃないかとすごく思った。思い上がりなんかじゃないよ!

*13:「#8月31日の夜に。」の企画も挑戦的で良かった。

雨がふっても一人:初 FUJI ROCKの話(補足・感想・その他をくどくど編)

24時間テレビ」おつかれさまでした!!

…と言いつつ、こっちの話題をやりきってしまうね!タイトルはさみしそうですが、いやいやめっちゃ楽しかったよ、という初FUJI ROCKの話の続きです。*1

 

前回の「道程編」、補足説明というものが全然なかったですね。私よりよっぽど詳しく的確に紹介されている方々がいるので必要ないと思って、ついすっとばしてしまったのだけど、下記にちょいと補足します。でも興味が出たら、ぜひもっと詳しくて丁寧で比較検証とかしてる写真満載の情報を読んでください。

 

【目次】

 

FUJI ROCKとは

はじめに|フジロックフェスティバル '17 ←こちらをどうぞ!(早くも公式に投げた。)

「自然と音楽の共生」を目指し、1997年夏、富士山麓・天神山スキー場で誕生。

20回の歴史の中でフジロックは、「ゴミゼロナビゲーション」をはじめとした様々な環境保全活動を来場者と共に行い、「世界一クリーンなフェス」として国内外から高い評価を受けるまでになりました。

世界各国の音に、食、アート、アトラクション、映画などのお楽しみ、その合間には、自然そのものを感じたり、環境に配慮する姿勢や社会のことを考えてみたりするちょっとしたきっかけがちりばめられています。

「自分のことは自分で」「助け合い・譲り合い」「自然を敬う」
その上で、音楽と自然を自由に楽しみ、出演者、来場者、スタッフの全員で創り上げていくフェスティバル。それがフジロック・フェスティバルです。

 

「自然」がFUJI ROCKの特色であり、重要な意味をもつと思われます。”遠い”とか”過酷”といったイメージはそこから来ていて、FUJI ROCKの魅力とは表裏一体なのですね。

 

FUJI ROCKの主催、企画制作をしているSMASH Corporation*2 の代表日高正博さんのインタビューにも、FUJI ROCKの考え方が垣間見れておもしろいです。↓

【日高代表 緊急インタビュー 後編】大将が20年目を振り返る&今年のヘッドライナー裏話 | fujirockers.org

これはよく話すんだけど、「通過しようとしていたステージから初めて聴く音楽に捕まっちゃって、自分の目当てのバンドが見られなかった」みたいなのが、俺の最高の夢なんだよね。あとは、3日間なーんにも見ないで過ごすこと。ビール飲みながら原っぱに寝っ転がって、ステージの音漏れが聴こえてきて、みんなはいろんな格好で楽しそうに歩いてる。それで、今日一日何も見なかった。そういうのもフェスティバル。別にお客さんに強要しているわけじゃないけど、そういう雰囲気にしていきたいと思ってる。

ライブを見て、予定よりついつい長居してしまったり、離れがたかったミュージシャンはたくさんいました。移動中は音漏れを楽しみながら歩いたし。きっと、そういうことはたくさんの人の中で起きてると思います!*3

ただ、私はFUJI ROCK初心者だから、絶対音楽聴きたい(笑)たぶん目をギラギラとさせて「あっちに行ったら、こっちに行って…」みたいな感覚ではなくて、どこに行っても良い音楽が当たり前のようにあって、ゆったり安心して楽しめる音楽的パラダイスみたいな空間にしたい、という意味なのかな。その場の空気にも全てが行き渡っているような。

 

2017年の概要

開催場所:新潟県湯沢町苗場スキー場

開催日:2017年は 7/28(金)、29(土)、30(日)の3日間。7/27(木)に前夜祭もあり。

チケット代:一般発売では1日券19,000円、2日券36,000円、3日通し券43,000円

 一般の前に割引の先行発売あり。(来年もそうかはわかりません。)

 わぁ(笑)「高いと思うか安いと思うかは、あなた次第です」ってヤツですね。

 入場の際にはリストバンドに交換するのですが、今年は会場だけでなく、事前にリストバンドの発送サービスがある販売会社もありました。そのおかげか、会場でのリストバンド交換は大変スムーズでした。

開催概要|フジロックフェスティバル '17 ←例によって詳細はこちらを。

 

ステージのこと

ステージ・施設|フジロックフェスティバル '17

13ステージもある!通りかかったステージもいくつかありますが、しっかり聴けたのは7ステージだったので、ようやく半分くらいですね。その他に、食、アート、アトラクション、映画などのコーナーや、キャンプという楽しみもあるわけですから、耳も身も心もおなかいっぱいになるのも納得。

各ステージには特色があり、ステージごと楽しむ雰囲気がありました。ずっとオープンしているステージばかりではなく、夕方や夜~朝方にかけて開くステージもあります。ちなみに、大きさだけをざっくり言うと、順にGREEN STAGE(約40,000人)、WHITE STAGE(約15,000人)、RED MARQUEE(約5,000人)、FIELD OF HEAVEN(約5,000人)とのこと。「ヘッドライナー」と言われる、その日の目玉ミュージシャンは、GREEN STAGEのトリをつとめるのが定番のようです。

音の漏れ合いを防ぐためにも各ステージ間には一定の距離があいていて、大きなステージ間の移動は、徒歩15~20分ほどを見積もる必要があります。(この点も人によっては”過酷”に感じるのかも?)

 

加藤さんの行程

…もわかる範囲でまとめようかと思いましたが、せっかく楽しんできた加藤さんをびびらせるかもしれないのでやめます(笑)

…と下書きしていたら、加藤さん自身がラジオ『SORASHIGE BOOK』で詳細に暴露してたw 自分の経路をしゃべりたい気持ちはすごくわかる、うん。公表したならば書き出しても良いよね?(ラジオの前半をうっかり聞き逃し、CHAIがかかったところから聞いたので、追加情報があったら補足するかもです。)加藤さんのコメントについては、たぶん他にきちんとまとめてくれる方がいる…。

 

7/28(金)

深夜に到着

(入り口手前にあるROOKIE A GO-GOや、GREEN STAGEなどを見て回ったとか)

 

7/29(土)
まねだ聖子 @ORANGE CAFE
Cocco @GREEN STAGE
never young beach @RED MARQUEE
CORNELIUS @GREEN STAGE 
小沢健二 @WHITE STAGE
APHEX TWIN @GREEN STAGE
MONDO GROSSO @TRIBAL CIRCUS(RED MARQUEEと同じ場所)

 

7/30(日)
T字路s @FIELD OF HEAVEN
LOVE PSYCHEDELICO @FIELD OF HEAVEN
レキシ @WHITE STAGE
YUKI @GREEN STAGE
LORDE @GREEN STAGE
THUNDERCAT @FIELD OF HEAVEN
BJÖRK @GREEN STAGE
青葉市子 @PYRAMID GARDEN

 

各ミュージシャンの音源にとべる、FUJI ROCKのラインナップ紹介はこちら↓

ラインナップ|フジロックフェスティバル '17

 

今年のFUJI ROCKの様子

ムービー↓(加藤さんが見たというミュージシャンの中で、私が判別できたのは、2:08頃~LORDE、2:39頃~CORNELIUS、かな(少なっ)。判別できず申し訳ない。BGMはTHE XX。)

www.youtube.com

レポート↓

FUJIROCK EXPRESS '17 | フジロック会場から最新レポートをお届け*4

「今年のフジロックの模様を一挙放送!」情報↓

FUJI ROCK FESTIVAL '17|フジロックフェスティバル '17

 

 

補足終了。では、感想に戻ります。

 

個人的検討事項(覚書なので、私の興味関心のみ。)

いつ帰るか問題

ヘッドライナー(トリ)までいられた方が満足感は高い。私は1日目しかいられなかったので、2日目のヘッドライナーまでいたかったなぁと思った。しかし、ヘッドライナーまでいると帰宅は翌日になる。たぶん回復に半日はかかるので、翌日は丸1日使えなくなる可能性が高い。ヘッドライナーを我慢してその日のうちに戻れば、翌日の午後は働ける。…日程と相談かな。(新潟から半日くらいで帰れる場合の話です。)

宿泊先問題

会場から歩けるところがベストな気がする。時間的な融通が利くから。ただし、駅付近に泊まった今回も、駅からの送迎があり、深夜まで大浴場が使えるのは大変快適だった。悩む。※キャンプの可能性は今のところ考えていない。

 

次回に活かしたいこと

・トイレ:いつも混んでいるところと比較的すいているところがあるっぽかったので、すいているトイレをねらうのが吉と思われる。出演ミュージシャンにもよると思うけれど、WHITE STAGE付近の女子トイレは数も多くて私が使用した時は比較的すいていた。対してWHITE STAGEからGREEN STAGEに向かう途中のトイレはいつでも混んでいたような。

電子マネー:活用すべし。そしてチャージはなるべく地元でしておきたい。私は1日目にうっかりスイカのチャージをし忘れて現金払いをしたのだが、2日目は越後湯沢駅で行列に並んでチャージした。回避できる行列は回避したい。

・土曜の朝:めちゃ混む。(前回記載の通り)

・移動:余裕を持って。

 

初参加で考える、FUJI ROCKの魅力とは

どこに行ってもハイクオリティかつ熱量の高いステージが展開されている

個人的にはこれにつきる。好みはあれど、どこに行ってもすごかった。きっと行けなかったステージもそうなのだろう。国もジャンルも多彩な音楽に、数日間絶え間なく浸かれる幸せ。初聴きだって、魅せられる。*5

音響もきっと良いのだと思う。気になることはほとんどなかった。GREEN STAGEのモニターも大きくてすごく見やすかった。

それに、それを受け取る側にも楽しもうとする気持ちがあふれてる(気がする)。雨の中でもご機嫌な人たちがいっぱいだった。

移動も楽しい

移動の道には、木のトンネルあり、橋あり、川原で遊ぶ人あり。そして、子どもたち向けのスペースや、バルーンのオブジェや、ゴンちゃんというキャラクターの岩などなども。自然×人工のミックスアドベンチャー。※この記事のアイキャッチ画像はKIDS LANDのメリーゴーランドです。↓

f:id:chikachika04:20170828003126j:plain

 

それと、集中して行程をこなして行く、という充実感もありました。私の場合は。(レインポンチョも前々日に購入し、前日に計画を立てた人間が言うことではない?)たとえ予想通りに行かなくても困らないし、かえって楽しい予想外もある。計画を立てるタイプの人も楽しめるし、無計画なタイプでも楽しめるw

 

とにかく、私はすごい楽しめた、とここにご報告いたします。

キャンプ!酒!仲間!といった楽しみ方もあるだろうし、楽しみ方は十人十色ですね、きっと。

 

ただ、今年はモラルが問題になった年でもあるようです。

fujirockexpress.net

fujirockexpress.net

個人的な印象では、今年の参加者だけに特化した問題というよりも、天候に負けた人が多かったのではないかと感じています。(ゴンちゃん問題は除くけど→まだゴンちゃんをもっていかないで | FUJIROCK EXPRESS '17 | フジロック会場から最新レポートをお届け)初参加者がわかったようなことを、と言われたら反論できないのですが。

3日間雨が続いた今年は、ここ数年の中で天候的には一番過酷だったらしいです。(晴れた方がつらいタイプもいるとは思いますが。)見通しが良くない帽子をかぶって、足場の悪い道を行き来し、体力的にも消耗したところで、配慮が欠けがちになったり、志も低くなってしまったのかなぁと。フェスティバル注意事項|フジロックフェスティバル '17という注意事項があるにもかかわらず、屋根があって雨がしのげるRED MARQUEEのスタンディングスペースにイスを出して注意されている人達も見たし、GREEN STAGEには無人のイスがゴロゴロ放置されていました。

数年スパンで見れば、FUJI ROCKの敷居が低くなってきたということはあるかもしれません。インフラ整備も進んでいるそうですし、”フェス”流行はFUJI ROCKにまで達したのでしょう。海外からの参加者が増えているとの分析も見かけました。改めて、そういう新しい参加者に”FUJI ROCK”を伝える必要が出てきたのではないでしょうか。(私が言うことではないが…。)

それに伴って、初参加の立場として言わせてもらいたいのは、以前からの参加者の方々も新しい参加者を受入れてほしいということ。と言うのも、今年は元フリッパーズ・ギターの2人(小沢氏、小山田氏)が出たからミーハーが多くてマナーが悪かったんだ、というようなツイートを見かけたから。すごい残念な気持ちになりました。流入する新規参加者を精査したいなら、ラインナップを先鋭化したり、広告の打ち方をとがらせていけば良いこと。運営側がそういう方針でないのなら、参加者同士がいがみ合っても不毛。*6 共存の道を探るしかないと思います。いろんな人が気持ちよく参加できる場を。ゴミ問題への反応の中に「来年はゴミ拾いをしよう」というツイートを見かけましたが、もし来年参加できたら私もそうしたいと思います。(ここに書いたからにはしなければ…汗)

 

さて、私も失敗談を一つ。1日目に入り口入ってすぐ、本来は一人1枚のゴミ袋を誤って複数枚もらってしまいました。ただでさえドキドキしてるし、入り口付近って色々こなさなきゃいけないから、いっぱいいっぱいだったのですよ。そうしたら後ろの女子集団に「1枚ずつなのにね~」的な聞かせる系陰口を言われて、しょっぱなからざっくりダメージを受けました。一人でいるときに、敵対的な姿勢で正しいことを陰口ってくる集団ほど精神的にやられるものはない…(かもしれない)。「わかってない人なんだなぁ(くすっ)」という優しい態度で「ゴミ袋は一人1枚ですよ?(こらっ)」って話しかけてくれたら、「あ、すいません!勘違いしてました!教えてくれてありがとう!(照れっ)」で済んだのにな…。あえて敵対的に臨むのはやめてくれ…。そっちは集団なんだしさ、心に余裕を持って接してくれ…。ゴミ袋の件が軽いことだって言いたいわけじゃないけど、そんな言う? FUJI ROCKマウンティングなの?*7…と、入り口の段階で、早速一人初参加の過酷さを味わったのでした。大人でも傷つくよ(涙)弱メンタルだから。すみません、愚痴でした。

 

来年のFUJI ROCKについて 

読んでくれた方の中には、来年行こうと思っている方もいるかもしれませんね。2018年は、7/27(金)、28(土)、29(日)の3日間だそうです。

なお、個人的には、元々の参加動機が加藤さんだったとしても気にすることはないと思う。*8 そこでの振舞いが周囲の人をひどく不快にしたり、権利を侵すものにならなければ問題なし。逆に、それはFUJI ROCKに限らず、普段の生活でも同じこと。いつでも心がけるべきことだと思います。(J-webでの八乙女君の空港や駅でのマナー喚起が頭をよぎる。8/21のです。読めるようでしたら、是非。伝えてほしいって書いてあるものだから。)加藤さんが好きで、かつFUJI ROCKに興味がある方は、大丈夫と思いつつ。

来年は、ちょうどすぐ近くの大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ*9 の開催年ですし、足を伸ばしてついでに『水と土の芸術祭』*10 に行っちゃうのも良いかもしれませんよ!?FUJI ROCKは出演アーティストの撮影を禁じているけれど、芸術祭系は積極的にインスタ対応をしているものと思われます。きっと”インスタ栄え”する写真がいっぱい撮れます。*11 もちろん全ての作品というわけではないでしょうから、ルールを確認して守ることが大前提ですけども。

こうした芸術祭が広がっている理由も、フェス流行と重なる部分はありますよね。いろんなきっかけで見に行く人がいて良いんじゃないかと思っています。芸術系のイベントが安泰だとはまだまだ思えないし、結果として音楽や美術にさらなる魅力を発見してくれるきっかけになれば良いじゃないか、と。そうできないのなら、それは見せる側聴かせる側の力不足…なのかもしれない、くらいの気持ちでやるしかないと思う。*12 

そして、そこで得られた利益はアーティストやミュージシャンをはじめとした関係スタッフにしっかり還元してほしい。ボランティアの酷使反対。

あ、話がさらに飛びますけどオリンピックもね!オリンピックまでの期間だけにつぎ込むだけで終わらないでねって思います。

 

一応、今思ったことを。浅くて甘い人間なので精進します。

偉そうに聞こえるかもしれないけど、最下層の一人からの願いです、これは。

 

多大な脱線をして、終了します。では。

(勢いで上げますので、誤字脱字、意味不明な箇所多いかも!)

 

 

*1:またタイトルを勢いで決めてしまった…。

*2:他には朝霧JAMの企画制作など。トクマルシューゴ氏のやっているTonofon Festivalの企画制作にも関わっているのですね!昨年行けたのだけど、リラックスした気持ちの良い空間でした。今思うと確かにちょっとFUJI ROCK味あるかも。

*3:KちゃんNEWSでミュージシャンとの「出会い」を語っていた加藤さんはそのあたりよくわかってる!小山さんに「めんどくさい」と言われるほどに笑

*4:この「フジロッカーズ!」みたいな雰囲気には個人的には全くついていけないが、こういうものなのでしょう、メイン層は。←

*5:他のフェスとの相対評価ではありません。好みもあると思います。

*6:運営側は、選別よりも、啓蒙する気持ちなんじゃないかと推測。実際はどうなのか。

*7:「マウンティング」使ってみたくて入れてみましたw 気持ちの良い言葉じゃないけど。

*8:今年初参加で、「加藤さんに影響されたんじゃない」と言いたくて、これを書いた口で言う。

*9:大地の芸術祭の里とは - 大地の芸術祭の里

*10:水と土の芸術祭とは | ABOUT

*11:これは各方面への嫌味ではなく、純粋な宣伝。関係者じゃないけど。

*12:実体験として、私は加藤さんの舞台『中の人』がおもしろかったのが大変ありがたかった。それだけがきっかけではないけれど、確実に舞台というジャンルへの関心につながりました。