キラキラの方へ。

しがないミソジのゆるふわ雑記

今は「もしも」は考えない。

まとまってなくても、後で消したくなるとしても、とりあえず今の気持ちを書いておこうかなと思います。

たぶんちょっと冷たいって思われるかも。

なぜなら今現在、私は少しすっきりしている。それはウワサでもんもんとする状態が引っぱられずに、画面や取材を通して彼らの反応に触れられたから。

数日前に音源が出たらしく、ざわざわし出していたのは知っていた。で、色々な情報や憶測が飛んでいたので、もやもやしていたところがあって。

だから、ここは認めたんだな、ここは認めなかったんだなって。少なくとも、それがわかったことで、一つすっきりしたんだと思う。

比較的早い対応も良かったんじゃないかな。生で出られる場があったことも、結果的には良かったのでは。こんなことを「良かった」って言わなきゃならないのは残念だけど。

 

ちなみに私は女性関係については特に気にしない系ファンです。たとえ心の中でモヤっていても、表向きはそうしたいと考えてる。個人的にはそうです。だけど、つつがなくアイドルを続けていくためには、ある種のファン心理にはある程度配慮したり戦略的に扱った方が良いだろうとは思うようになりました。やっぱり特殊な職業だなって。

それと、一般人とはかなり違う環境にいるんだということを、意識しておいた方が良いのではないかとも思うようになりました。前から、誰の言葉だったか、「テレビの世界は”祭り”で、テレビの中ではいつも祭りが繰り広げられている」というようなことを聞いてはいたけれど。松本さんもたしか、ライブの後にパンツ洗ってるときに感じる落差について語っていたね。そして、一般人の感覚とはかなり違うんだろうなと、この頃改めて感じたのは先日の事件にあたって読んだ、この記事からでした。

LOVE PIECE CLUB - 田房永子 - 山口達也と非生産

内容全てがどう、ということではなく、ああ、そういうこともあるかもしれないなぁと思って読みました。で、特に「いろんなことがあったその日、一番驚いたのは、帰りの井の頭線だった。いつもなんとも思わない井の頭線が、ものすっごく染みったれて見えた。ホームに立っている人たちの服がヨレヨレに見えるし、覇気が無く、風景は灰色で、どよ~んとしてる。ついさっきまでいた汐留のテレビ局のきらびやかでまぶしすぎるスタジオとの落差がすごすぎて、重力を強く感じた。水中と陸上くらい違う。プールの水の中から炎天下のプールサイドに上がった時のクラクラ。こんな落差をしょっちゅう体感してたら死ぬ、と思った。メンタルに水陸両用を完備してる人じゃないと、タレント業なんてできないんだと思った。」という言葉に、やっぱりそうなんだろうなって思わされたのです。きっとすごい落差なんだ。テレビに出る人は、それを上手に埋めなきゃいけないんだ。って。テレビの人たちの当たり前が、一般人のそれとは大きく違っている可能性があることを、主なファンを一般人層にもつ人は意識はしておいた方がいいんだろうなって。全て隠すべきということではなくて、見せる部分見せない部分を意識的に考えないと、無駄にドン引きされてしまうことになるだろうと思って。逆に一般人であるファンは、テレビの中の人はかなり違う環境だったり感覚なんだっていうのを念頭において、過敏になり過ぎなくてもいいのかなとも。

 

そういう意味では、一般的な感覚において、今回は2点どうしようもない部分があったと思う。

それは年齢の問題と、飲み方の問題。

年齢については、法律に引っかかっている。深刻には考えていなかったのだろうか?あるいは声がけしてくれる人(いたのなら)を信頼して任せていたんだろうか?でも、まず何よりここがアウトだった。

飲み方については、モラルに引っかかっている。特に彼らはモラルを必要とされる立場にいる。アイドル、キャスターどちらの職業においても。

”悪質”ではなかったと思っている。私は。今のところ、相手の方から訴えられているわけでもないし。

でも何もなかったから、結果的に”悪質”にはならなかったけれど、一歩間違ったらもっともっと危なかっただろうなとは思う。飲んだ人が急性アルコール中毒になってしまったら?悪意ある人が何か仕掛けてきていたら?今回のことだって、音声が公にされている時点でなんらかの悪意は働いているけど、一応事実は事実なのだよね?事実じゃないことを仕掛けられる可能性だってある。

 

彼らが一般人だったら、こんなに社会的ダメージを受けたりしないだろうとは思う。あと、立場が立場じゃなかったら、とも。

私だって、もし自分が注視している人たちじゃなかったら、深刻な事件だとは思っていなかったただろうな。もっと報道すべきことがあるんじゃないかと思うだろう。

でもね、私が見てる人たちのことだから。残念ながら大変なことだ。

 

今、私はカタをつけてきてほしいなと思ってる。

カタをつけさせられるんじゃなくて、カタをつけてほしい。自分から。何らかの。

もう前を向くだけだ。この「前を向く」というのは過去をなかったことにすることじゃない。過去にきちっと向き合うこと。今の、意味は。

「生まれ変わった」って言ってたんだよね?なら大丈夫だよね。自分の過去にだって向き合えるよね。きっと「生まれ変わった」後で良かったんだと思う。報道が出たのが。その前だったら、真正面から受け止められなかったんじゃないかなって。今ならきっと責任を持って対応できるだろうし、これからに立ち向かえるだろうし、私はそれを期待しているんだ。

 

あ、女性関係については気にしないと書いたけど、表に見えないところでも対等で誠実な関係性の中にいてくれたらなぁというのはあって。そういう意味で、自分を大切にしてほしいなぁと思っています。まぁ、勝手な想いなんだけどね。

それと、小山さんの発言とされている参加女性への言葉。今言うことじゃないかもしれないけど、わ~なんか小山さんっぽい!と思ってしまった。憎めない人だなって。コールも、記事のタイトルにあったような表現で書かれてしまうのはしょうがないことだけど、個人的にはいつもの盛り上げ小山さんだな~ってね、思っちゃったよ。フキンシンなやつでごめんなさい。だけど、コールを3つ以上知っているというのも、アルコール・ハラスメントチェックに入るくらいみたいだよ。

アルコール・ハラスメントチェック|人とお酒のイイ関係|アサヒビール

時代は動いていっているから。過剰なのではと思うこともあるくらい、驚くほど厳しい反応が返ってくることもある。表に出る人は、勝手にプライベートを引っ張り出されて、それを裁かれることだってある…。

小山さんのことばかりみたいになっちゃって失敬。ちょっと頭が回らないもので。

私が気の利いたファンだったら、彼らの仕事関係にも配慮したりしたいけど。ごめんなさい、そこまでできないや。今。きっと想像できないくらい広範囲に影響するんだろうしなぁ。

 

 

「もしも」は、今は考えないね。こうなるはずだったのに、とか、こういう彼らを見られるはずだったのに、とか、こういう期待もあったのに、とか。今考えたって悲しいだけだ。失ったものの大きさは彼らが一番感じているだろうし、これから感じていくのだろう。それにしても、このタイミングは本当に用意周到なものだったね。でも受け止めるしかない。受け止めて、これからに進むしかない。

 

 

週刊誌の記事なんか読んじゃったから、『白ゆき姫殺人事件』を思い出してしまった。増田さんのソロ曲のことを考えたくて読んだ本をこんなところで思い出すことになるなんて。ちょいとネタばれ気味になるけど、原作のエンディングじゃなくて、映画のエンディングにできるかな?私は。遠くからペンライトをふれたらな。

 

 

宇宙から人間のことを考えてみたりする:NEWSアルバム『EPCOTIA』感想

おそろしくマイペースですが、ほぼほぼライブに行く前の人間による、NEWSのアルバム『EPCOTIA』のお話です。「ほぼほぼ」というのは何かと言うと、実は先日とうとう宇宙旅行に行ってきたのです!!*1 けれども残すは清書のところまでいっていたこの記事にライブの感想を入れだすと収集がつかなくなるので、あくまでアルバムの感想として仕上げよう、と。……。搭乗前の下書きを清書した内容なので、ライブのネタばれなしです!ライブに間に合えば良しとハードルを下げまくっておいたのに、それに突っかかってこけるとは…やってまった*2

毎度ですが、話がかぶっていたら同じようなことを考える人もいるのね、と一つゆるく見守っていただければ幸いです!自分まとめていなかったのと、精神力が低下していたのとで、あまり他の方の記事を拝読できてないんです…。今頃書いてるから、かぶりまくっているに違いない汗*3

はーい、では下記は脳内タイムスリップして仕上げます~。 

*1:NEWS ARENA TOUR 2018 EPCOTIAの最終便が無事帰還したとのこと、おめでとうございます!そして、ありがとうございました!私も最終便一つ前に搭乗させてもらい、まだ幸せな宇宙旅行ボケの中です。

*2:©半分、青い。

*3:加藤さんのクラウドは読んだ~。読んだとき、もう何も言えねー…ってなったけど、書くわ。あ、いや、加藤さんが書いてくれることは本当に楽しみにしていて感謝しているのですよ、もちろん!!ライブのパンフレットはまだ読んでおりませぬー。

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霧と風とバスタブと(猫):今、「小山さん彡」を感じるモノたち

小山さん、34歳の誕生日おめでとうございます!@一昨日*1

昨年は「×スピッツ」として、私がその人に抱いているイメージと重なるスピッツの曲をあげて勝手に誕生日祝いとしていましたが、今年はさらに謎なことをしていきたいと思います。それは「×アート作品」という試み!我ながらなんて謎な…(汗)

やってみての結論は「めちゃくちゃ難しい」。作品のことも作者のことも理解がまるで足りないから、自分の印象を語るのみ。ザル状態の理解で書くほど恐ろしく、かつ恥ずかしいことはない。きっと後で見返したら恥ずかしいことこの上なし。しかーし、やってみます。やってみたくなってしまったので。誰の得にもならないが、ただ私の楽しみのために。←

 

小山さんは言葉を操る人なのに、パッと思い浮かんだのは、不思議とどれも言語化できないような”雰囲気”をまとった作品でした。その他の候補として”風景”がモチーフになっている作品もあったのですが、こちらも”雰囲気”とか”空気感”を感じる作品でした。小山さんを具体的な物に例えてイメージしようとすると、どうしても「本当にそうだろうか?なんだか違う面もあるような?」という落ち着かない気持ちが生まれて、「これだ!」と言えそうなものを見出せなくて。

小山さんって「ちゃらいw」って思うときも確かにあるし、「あざといw」ってときもある。誕生日のJ-webやラジオもなかなかの軽やかさでしたw*2

だけど、なんとなくふわっとした雰囲気を感じてしまう。それは必ずしも悪い意味ではなく、”やわらかい”というか”やさしい”というか、そういうことでもあります。

小山さんは他者に何かを強く押し付けたりしない。相手を立てる、相手の意見を聞く、そんな姿勢がありますよね。だから相手によって色の異なる『KちゃんNEWS』ができるのだよね。それは話し方や物腰のやわらかさから受ける印象もあるのかもしれません。

そこに、常に相手と一定の距離を保っているような感覚もあって、”軽く”とか”適当に”あしらっているように思えてしまう時もたまーにある(笑)でもそれは、こちらがちょっとさみしく思って駄々をこねているようなもの。小山さんはその時々に全体のことを考えて対応してくれているのだと思っています。(メンバーだけの時なんかはゆるゆるだったりするのかもだけどw)

ちなみに私は小山さんに対しては心配しがちなタイプ。すぐ「小山さん、大丈夫かな?」って思っちゃうw 小山さんにころがされてるのかも、と思いながらも。私が心配したってしょうがないし、心配する必要もないって思うんですけどね。*3

なぜ心配しがちになるかというと、小山さんはなんだか”気にしい”な人のような気がしてるから。でも”気にしい”な自分をさらっと流せる、自分の感情を”大人に”処理できる人のような気もする。流せる技を身につけた人、というか。ふわっと傷ついて、でもふわっと自分で修復して…。でもやっぱり本質は”気にしい”。そんな感じ。(何を言ってるんだろうか。)

それと、小山さんはすごく素直な人に思える。実際に素直なんだろう。でも…小山さんは簡単には人に心をひらかなそう。小山さんに心底嫌われたらきっと一生許してもらえなさそう。けれど表面上はやさしく接してくれるようなこわさがありそう。でも小山さんはそこまで人を嫌いになることはほとんどなさそう。嫌いになりそうだったらその人をうまく避けそう。繊細な自分に意識的にベールをかけていそう。…私の抱く小山さんイメージはそんなとりとめのないものです。

”強い”とか”弱い”とかって一概には言えないものだと思うのですが、小山さんは特にそれが複雑に存在している人のような気がします。例えば、自分の弱さを克服しようとぶつかっていくばかりが強さではないですよね。弱みを自覚して、それをうまく回避して強みの方へ持っていったりすることも一つの強さだと思います。したたかな強さ。小山さんはこのあたりが器用そう。でもね、器用なんだけど、本人が意識しないところにバグが溜まっていってしまいそうで心配になるのです。気がつかないうちに疲れてないかな?いっぱいいっぱいになってないかな?とね。まぁ、だとしても、きっちりしっかり消化しているとわかっていますよ?夢の国に行ったりしてね?w 仕事人だもの。だから勝手に心配してるだけなんだけど。

私には小山さんについて語ることがひどく難しい。(誰についても同様ですが汗 どこまで行ってもバイアス越し…。)小山さんという人物は層のようになっていて、めくる度に正反対に感じる面が見えそうな、あやうい魅力がある気がします。きっと素直な人なのに、状況によって色々な技を出し入れしているから?私がつかめてないからそう感じるだけなのかもしれないけど。あくまで個人的な、今の、印象です。

 

では、いよいよ作品をあげながら、その作品のイメージと小山さんのイメージについてからませる方法で進めまーす。

ちなみに、一つ条件にしたのは、自分が見たことのある作品であること。実際に見たなら「私はこう感じた」と主張できるかなと。感じ方は自由ですからね…。その時の私はそう感じたんだから…。いいじゃないか…。(始める前に逃げまくる)*4 

 

1.「小山さんの包容力」について

中谷芙二子《氷河の滝-グリーンランド2017/フォグノズル、高圧ポンプシステム、制御システム一式、上水/サイズ可変『氷河の滝-グリーンランド』は、毎時15分、45分に自動発生

↓8:50頃~をご覧ください。

www.youtube.com

「グリーンランド」 中谷芙二子+宇吉郎展 | HERMES - エルメス公式サイト

銀座のエルメスなんて入れるご身分の人間じゃないんですけどね(デフォルトが卑屈)、ギャラリーがあるのでごくたまに行きます。ドアマンがいるんですよ!!ひ~。だから「私はギャラリー目当てなんで!」と強く念じて入ります。店員さんの目だって気にしないさ~。(心配ないさ~♪のテンションで。)でも店内では立ち止まらずにエレベーターに直行。この一連の流れには慣れたけど、ギャラリー以外の階はいまだに見たことがない…。

と、どうでもいい前置きはうっちゃって、エルメスで見てきたのがこの「霧の彫刻」と言われている作品。私は今回が初鑑賞でした。映像を見てもらえるとわかるとおり、一定の間隔で霧がシュワーと排出されて、部屋中を満たすと排出が止まり、徐々に霧が晴れていく、というのを繰り返す作品です。目の前が少しグレーがかった光に満たされていき、すぐ近くにいる人も見えなくなる。そして、霧が晴れて行くにつれて人影が見えてきて、こんなに人がいたのかと驚かされる。霧の中で1人ぼっちになって、心細いような自由になったような気持ちがして、徐々に人が見えてくると、この状況を一緒に体感していることに妙な親近感を感じたりもしました。 霧の有無やそのうつろいによって空間や周囲との関係性が変わったように感じるのがおもしろかったです。

この作品のどんな部分が小山さんのイメージと重なったのかと考えると、包まれるような雰囲気かなと。やさしく見守ってくれているんだけど、意外と冷静で、必要以上に接触はしてこず。だけど安心感で満たされているような、場がしっかりと制御されているような。(なんだかMCっぽいw)で、すっと引いていくところなんかも小山さんっぽさを感じます。小山さんって主張しすぎず、存在感を出したりひいたりできる人のように思うから。

 

2.「小山さんの繊細さ」について

内藤礼《精霊》2009年(2006年-)/リボン/幅11mm×長さ7790mm(2本)/神奈川県立近代美術館 鎌倉 中庭

内藤 礼 すべて動物は、世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している:神奈川県立近代美術館<鎌倉館>

↓最初の方にリボンの作品がゆれる様子が。豊島美術館の作品なので、上記の作品とは異なるのですがイメージとして。

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けっこう前に見た作品なので、ほんのりとした印象が残るばかりなのですが、リボンが空気に運ばれてふわりふわりと動く様がなんとなく残っています。自分の中では言語化されずに感覚として残っていた記憶がこの度引っ張り出されました。

こちらの作品からは小山さんの繊細さと、そこにある強さのイメージが導かれる気がしています。繊細さと強さ。風に吹かれながら変幻自在に形を変えつつ、でも素材は変わらないような。小山さんは色々感じて努力して変わって行ってはいるのだけど、それがとてもしなやかなのではないかと思います。

ちなみに豊島美術館にも行ったので、映像にある作品も見ているのですが、神奈川県立近代美術館で見た作品の方が「小山さん」感を感じました。神奈川県立美術館の空間の方が一般的な建物っぽいからかもしれません。豊島美術館のような、この作品のための空間ではないので、どこか不似合いで居心地が悪いような、しっくりこないようなところに繊細さと強さをより感じるのかな。豊島美術館の作品はもっと生命の源泉とか祈りのようなところに意識が行きやすく、神奈川県立近代美術館の作品は人工物と(例えば都市)と人間や自然の関係性とか緊張感に意識がいきやすいのかも、というようなことを考えたりしました。あと、よく覚えていないのですが豊島美術館の方はリボンの両端がとじられていて、神奈川県立近代美術館の方は片側がつられているような形だったようですね。片側が自由に動くほうが複雑な動きをする気がします。(写真を見てもそうだし。)そんな動きから受ける印象もあるんだろうな。

 

まず、この2作品が私の記憶からピックアップされました。そしてこの2作品レベルで小山さんと重なる作品が思い出せずにしばらく苦悩w ちなみに、偶然にも両方日本人女性アーティストの作品なんですよね。だからどうってことではないのですが。さらに、最後にひねり出した3つ目の作品も日本人女性アーティストになりました。無理にまとめたわけじゃないんだけどね?(ちょっとウソ)

 

3.「うれしそうな小山さん」について

曽谷朝絵《Bathtub》2001年/パネルに油彩/164×226cm

Oil 5 / Painting & Drawing / Asae Soya

↓この展覧会で見たのではないのですが、貼り付けた状態でも作品が見れたのでぺたり。

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VOCA2002でVOCA賞を受賞しているアーティストなのですが、実は自分がこの作品をいつ見たのかはっきりと覚えていないんです…。2002年のVOCA展ではなく、その後の別の機会に見たような気がします。それまでにこの作品の写真を見たことがあって、ようやく本物を見られた、と思った記憶があるので。

平面作品ではあるけれど ”雰囲気”や”空気感”を感じさせる作品です。今はインスタレーションも手がけているアーティストなので、空間的な関心は平面作品にも現われているのかもしれません。

うれしそうな小山さん、ってこんな感じかな、こんな感じだったらいいなって思いながら選びました。水分が似合うと思う。小山さんの満ち足りた幸福感には。…なんとなく。

…ということで、

今年も小山さんがこんな気持ちになれるような出来事や場所がたくさんある1年になりますように

 

霧やバスタブ、私が抱いている小山さんのイメージには湿度があるのかも?

繊細な雰囲気の作品が並びましたが、強さに裏打ちされた”やさしさ”があるように、これらの作品にも物質的な確かさとは相反する強さがあると感じています。

それと、私が小山さんをそういう風に見たい時期なのかも(笑)ストレスためずに自分を大事にしてほしいなぁと願っています。

きっと他の方が違う面の小山さんのことを書いてくれているだろうから、私は私の感じる小山さんを。…でした。

 

最後に、昨年のなごり!(今思いついただけなので、他のメンバーではやらんかも~←適当)

今一番、小山さんとリンクする…かもしれないスピッツ

『猫になりたい』収録:シングル『青い車』1994、アルバム『花鳥風月』1999

↓ …視聴部分の切り方にセンスを疑う。←心の声をあえてもらしてみました。

猫になりたい

猫になりたい

  • provided courtesy of iTunes

猫になりたい - スピッツ - 歌詞 : 歌ネット

いわずと知れたスピッツの名曲です。私調べ。(…てないけど。)

「消えないようにキズつけてあげるよ」とやさしく言ってくるあたり小山さんみ…と妄想するとたまりません。キリッ。

 

*1:今年も遅れちゃったよ~。ごめんよ~。

*2:それにしてもちょっと「肉食肉食」言いすぎじゃあないかね?w 一般的な”性欲がある”状態と「肉食」と言うほど”性欲がある”状態は違うと思うのだけど。ちゃんとそっちの意味で使ってるのかな?同じ”モテたい”でも、人の心を惹きつけたいというのと、相手の身体を直接的にモノにしたいっていうのは違うと思うし…。”好き”にだって色々な種類があるし、性欲がわくような相手のことだっていつでも何でも受け入れられるものでもない。肉欲を満たすことは解放や発散としては必要かもしれないけれど、もっと違う意味でも自分自身を大事にしてほしいなーと老婆心ながら思うのです。アイドルの力になる欲ではあるかもしれないけれど、アイドルの魅力ってそれだけではないはずだから。だって性欲の対象にならなくなったらアイドル終わりってことはないよね?身近に感じるかっちょいい兄ちゃん、尊敬する表現者、できる仕事人…そういった憧れの対象にだってなりうるんじゃないかな。ごめん、否定したいわけじゃないんだ。ただ、それだけじゃないんじゃないかってね?…この頃色々あったからなんだか長く書いちゃった。推考した言葉じゃないので脚注に。本筋からずれてるし…。はぁ。

*3:これ似たようなことをいっつも書いてるな…汗

*4:書くためには、改めて情報を調べたりすると、その作品を感じなおすことになるのですね。その時感じたことがぶれていそうで、なんだか難しかったです。