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しがないミソジのゆるふわ雑記

傷と過去と人間と(ババロア):今、「加藤さん…」を感じるモノたち

加藤シゲアキさん、32歳の誕生日おめでとうございます!

8月になっちゃったけど!STORYの参加企画がスタートし、Strawberryの円盤発売が発表されたとこだけど!ほんとに「何で今⁉」ってタイミングだけど!!

やると言ったからにはやらねば!ってことで、私が各メンバーのイメージに合うと思うアート作品をピックアップしてみる、という不思議記事をば…。作品は実際に見たことがあるものしばりで選出。アート的背景は無視し(端的に言えば知識が足りない)、私の印象という独断と偏見で選んでおります。

×スピッツで行った2017年の時は、加藤さんのイメージを「我思うゆえに我あり」的、と書いていたのですね、私。*1 うん、あまり変わらない!笑

なので、早速作品ピックアップへ参ります~。

 

1.「深い傷と対峙する加藤さん」について

ソフィ・カル《限局性激痛》1999年/第一部:手紙、写真 第二部:写真、刺繍

https://www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/382/


原美術館 「ソフィ カル ― 限局性激痛」原美術館コレクションより

↑こちらの展覧会で見ました。

下記、展覧会ホームページの冒頭のテキストから。

 「限局性激痛」とは、医学用語で身体部位を襲う限局性(狭い範囲)の鋭い痛みや苦しみを意味します。本作は、カル自身の失恋体験による痛みとその治癒を、写真と文章で作品化したものです。人生最悪の日までの出来事を最愛の人への手紙と写真とで綴った第1部と、その不幸話を他人に語り、代わりに相手の最も辛い経験を聞くことで、自身の心の傷を少しずつ癒していく第2部で構成されています。*2

ここで「人生最悪の日」とされているのは、カルが最愛の人に別れを告げられた日。カルは自分が受けた傷との対峙の過程を作品に昇華しました。

作品は2部構成。まずは「人生最悪の日までの出来事を最愛の人への手紙と写真とで綴った第1部」。別れの原因を離れて過ごした時間(日本滞在)にあると位置づけ、日本滞在が決まり日本へ旅立ち、「人生最悪の日」を迎えるまでの92日間を1日1日ふりかえります。スタート~0:28頃までの映像を参照のこと。その日の写真には「人生最悪の日まで○日前」という赤い文字がパスポートのスタンプのように押され、「人生最悪の日」までのカウントダウンが行われます。

そして、第2部は「その不幸話を他人に語り、代わりに相手の最も辛い経験を聞くことで、自身の心の傷を少しずつ癒していく」という構成。カルが「人生最悪の日」の体験をした部屋*3 の写真と、自身の「人生最悪の日」を語った言葉(刺繍)とが上下にセットで並べらていれます。映像では0:36頃から。さらに、そのセットと交互に並べられているのが、他者に語ってもらった最もつらい経験についての話(刺繍)と写真のセットです。語り手は友人や偶然出会った人。毎回異なる人物です。

うろ覚えですが、刺繍はカルの「人生最悪の日」の3,4日後くらいからスタートしていました。作品をスタートするのに、さすがに数日はかかったんですね。

カルの言葉は濃いグレーの布に白い糸で刺繍されています。対して、他者の語りは白い布に濃いグレーの糸。けれど、この文字の色はずっと同じではありません。カルの刺繍の文字の色は時がたつにつれて変化していくのです。徐々にグレーになっていき、最終的には布のグレーに溶け込んでしまう。

並行して、他者と語り合う頻度とカルが語る言葉も変化します。初めは毎日のように語っていたのが、数日あき、一週間あき…と徐々に間があいていきます。語る言葉も、感情があふれた激しい言葉から始まり、当日の出来事を事細かに思い出してみたり、自分の落ち度を責めたり、相手をなじったり、過去の幸せに浸ったり、人を見る目がなかったと自分にあきれたり…そんな過程を経ながら、90日後には「くどくど書く必要もない出来事」(※ニュアンス)となるまでに。その過程は「人生最悪の日」と感じた出来事への執着が徐々に薄れ、客体化されていく過程です。

ほかの人々の話を聞いて私の苦しみが相対化されるか、自分の話をさんざん人に話して聞かせた結果、もう語り尽くしたと感じるにいたる時まで、私はこのやりとりを続けることにした。*4

「人生最悪の日」とまで感じた出来事をよくここまで掘り下げたな、と思わずにはいられない。血を流している傷をえぐっているようなものだもの。でもそうして語り合うことは、カル曰く、その傷を「根治させる力を持っていた」*5

他者の語った最悪の日を読むと、やはり「死」に関することが多かったです。作品を見ながら、根治させるべき最悪の日と根治があり得ない最悪の日、根治させたくない最悪の日など色々あるのだなとも感じました。お一人「不幸を物語にしたくないし、自分の物語もまだない」(※ニュアンス)と語っていたのが新鮮でした。(え?増田さんかな?)

 

ご存じ、加藤さんってあえて自分の傷を見つめるようなところがあるじゃないですか。近いところでは6月。親しい人の突然の死に直面した感情をjohnny's webにつづっていました。「血が流れているうちに、ちゃんと記しておきたいと思って僕はこれを書いている。」と。うーん、加藤さん…。

こうした自分の感情や経験に対する執拗さのようなものが、この作品と重なったので選んでみました。

カルは「人生最悪の日」を忘れ去りたかったのに対して、加藤さんは自分の中に位置づけようとしているように感じられるし、この行為をカルは「厄払い」*6、johnny's webでの加藤さんは「弔い」と表現しているのも対照的だけれども。それは、この作品でのカルの体験は「死」ではなく、加藤さんの体験は「死」であることの違いが大きいのだろうと思います。それでも、その時の感情を何らかの形で表現することで感情と少し距離を置けるようにする、というところは共通しているな、と。

とりあえず、文字を使った作品を入れられたので満足(笑)

 

 

2.「過去の記憶に対峙する加藤さん」について

石内 都 シリーズ「Innocence」1995-2017年/ゼラチン・シルバー・プリント

yokohama.art.museum


横浜美術館「石内 都 肌理と写真」

傷つくことでしか生きていけないとしたら、皮膚の上にあるキズアトは生きている証拠そのものであるけれど、女性のからだにのこる傷は重い時間のカタチとしてある。

はかりしれない悲しみや、くらべることのできない固有の苦しみは、長い日常の中をくぐりぬけ、傷を受けたその日の瞬間を、化石のように干からびた過去にすることなく、脈々と息づき今日にいたる。

こちらの言葉は作品集 『INNOCENCE』*7 からの抜粋。女性の傷跡を撮影したシリーズである「Innocence」には、痛々しさを強調するのではなく、傷跡を愛おしむような視線を感じました。”愛おしむ”とは必ずしも”肯定する”ということではなく、”存在を認める”といったような感じ。自分と分かちがたい存在、としての傷跡、というような。モノクロの柔らかい光がそう感じさせるのかもしれません。映像では0:05~0:15頃が展示風景です。

 

先ほどjohnny's webでの加藤さんの言葉を取り上げましたが、こちらは『小説トリッパー』に連載されているエッセイ「できることならスティードで」のイメージに近いかも。(相変わらず加藤さんの小説を読んでいない不届きなファンながら、「できることならスティードで」はたまに読むようになったよ!←全然胸張れない。)このエッセイには、何かの出来事をきっかけに過去の体験を引き出してきて、その時の感情をふりかえり現在地から改めて見つめなおして感じ方の変化なんかを書きつづる、という行程がしばしば見られる気がします。

記憶って、脳に残った傷跡のようなもの、と言えるのかなと。かさぶたになっても、普段は気にしなくなっても、今の自分をつくるものとして確実に存在するんですよね。

「できることならスティードで」で取り上げられるのは血を流した”傷跡”のような辛い記憶ではないのですが、自分が生きてきた時間を愛おしみながらふりかえるようなところが、傷跡を愛おしむこの「Innocence」のシリーズと重なるように思えました。

横浜美術館での展覧会で見たときよりも時間がたってからの方が、なぜか加藤さんのイメージに重なってきました。展覧会では展示された部屋のピンク色の壁に引っ張られたのかも?あるいは記憶が自分の都合よくぼやけてなじんできたのかもしれません。やっぱり受け止め方って変化するよなぁ(適当な入れ込みw)。

 

 

3.「人間の苦悩に対峙する加藤さん」について

フランシス・ベーコン《叫ぶ教皇の頭部のための習作》1952年/油彩・キャンバス/49.5×39.4㎝

Study of a Head, 1952

展覧会情報フランシス・ベーコン展

実はこの作品じゃなくてもいいんだけど(おい)。”ザ” フランシス・ベーコンである『ベラスケスによる教皇インノケンティウス10世の肖像に基づく習作』*8 がいいな~と思ったものの、残念ながら実物を見た記憶がないので一応見たことがある関連作品を挙げた、という状況です(見たことある作品を選ぶという前提どうした)。

en.wikipedia.org

↑ これね。(画像が見えるので貼りました。)『叫ぶ教皇の頭部のための習作』とは違う作品だけどね。うん、印象も違うけど。以下、ほぼ『ベラスケスによる教皇インノケンティウス10世の肖像に基づく習作』のイメージで語りますんでよろしくお願いします。

あと、この作品、苦手な方もいるかもしれないけれど、私は好きで選んでます。好きというか「すげー作品だ…」って感じ?だから許して。(誰に。)加藤さんも好きだよね?フランシス・ベーコン。(決めつけ。)え?好きじゃないって?え?

 

なんだかね、”人間”って感じがするのですよね。精神と肉体、理想と現実、欲望と理性、一個人と象徴、等々の激しいジレンマを感じるのです。からだは大人しく椅子に腰かけているように見えるのに、頭部は激しく叫び、消えかけている…。そんな絵の様子が、見た目は平然としているのに心では苦悩し叫んでいる人物、というイメージを与えるのかもしれません。世俗を離れた格式ばっている衣装を身に着けていることも、叫びとのギャップを大きくしているのかも。(完全に『ベラスケスによる教皇インノケンティウス10世の肖像に基づく習作』の話でごめん。)

椅子は電気椅子にも見えますね。黄色い線に囲まれて動けなくなっているようにも。「教皇」の象徴としての「椅子」に縛り付けられながら、「教皇」らしからぬ感情に引き裂かれている、とも感じられる。妄想すると果てしない。(関係ないですが、加藤さんが主演した舞台『グリーンマイル』を思い出したり。)

いや~インパクトがある作品だー。

加藤さんとの関連性は…なんとなく?人間が肉体を持っている以上は逃れられない苦悩。加藤さんはそうした苦悩を自覚しながら、その苦悩までも自分の中に取り込もうとしているようなある種の貪欲さ?を感じる人なのですよね。個人的には。「アイドル」という象徴を自ら背負ってる人だってことが大きいかな。(うん、やっぱり2017年と同じようなことを言っている…。)

 

 

なんだか…すみません…選んだ作品が全般的に暗めで。(自覚はある。)

けれども、そうした暗さって人間多かれ少なかれあるものではないでしょうか。そうした面にまっこうから向き合おうとし、その葛藤を隠さない人がいると、その態度に勇気づけられたり救われたりする人もいるのだと思います。加藤さんはそういう存在でもあるんだろうな。あくまで私が思う加藤さんの一面ですが。

こういうキツイことを継続してやっている人は精神の安全弁も発達していくのではないかと思うけれど、くれぐれも無理はせず!まぁ、まずは生きていくことが大事だから!!ね!!俺もいるし!!って小山さんも言ってくれるよ!!(?) 

 

 

…改めまして。

ほのかに生きにくそうだけど、それが楽しそうな加藤さん!!

そんなところと、ざっくりおおざっぱなところが共存しているのが愛らしいよ!!(フォロー)

32歳も、加藤さんが創造に苦しんだり喜んだりしながら、積み重ねたり不意に新しいところへ行けちゃったりする1年になりますように

 

最後はスピッツ!(NEWアルバム『見っけ』が10月に出るよ~!*9) 

今一番、加藤さんだな~と感じるスピッツ

ババロア収録:アルバム『三日月ロック』2002

三日月ロック | SPITZ OFFICIAL WEB SITE

tower.jp

ババロア

ババロア

  • provided courtesy of iTunes

やはりタワレコiTunesの視聴部分はつながってるのだね!

スピッツ ババロア 歌詞 - 歌ネット

刹那的な疾走感が良い。

どこの歌詞をピックアップするか迷います。加藤さんにしっくりくる詞が多くて。だから選んでるんだけど。

まだ壊れないでよ

ナイーブで雑なドラマ

奥の方にあった傷あとも 今は外にさらす

とか…個人的には「加藤さーーーーんっ!」ってなります(笑)

着地する日まで 暖かい嘘も捨てないでいる

も良い。

いつか壊れるとわかっていても、嘘とわかっていても、それも含めてまるっと大切に想う、というところ?あるいは「いつかは…だと、わかってるよ」という態度をとることで予防線をはって逆に自分を守ろうとしているような、自分の弱さを自覚している強さ、みたいなところ?恋愛ドラマをやるなら、加藤さんには弱くてずるくて魅力的な人をやっていただきたいですね~。

作品と同様、曲もちょっと切羽詰まった感じですが。昨年すでに選んでいたので、当時の私の心理状況が反映されてしまっているのかも。今、ちゃんと選びなおせば違う曲になるかもしれないけれど、昨年から今年にかけての加藤さんの印象の記録として残しておきたいと思います。

輝くためのニセモノさ だから俺は飛べる

きっと容易い”ホンモノ”なんて信じない加藤さん。だけど、心の奥底では”ニセモノ”がいつか自分にとっての”ホンモノ”になることを信じている。信じていてほしい。そう思います。

ゔ…なんか重い…。ほどよく”適当に”生きてね!過労はいかんよ?(誰)

 

 

ついでに貼っときます。他のメンバーの×アートシリーズ。読みにくいし共感もしにくい内容だろうと思いますが(汗) 求む、文才。(本を読め。)

↓ 今年の増田さんイメージ

chikachika04.hateblo.jp

↓ 昨年の小山さんイメージ

chikachika04.hateblo.jp

 

 

*1:愛も希望もつくりはじめる:今、「加藤さん。」なスピッツ3曲 - キラキラの方へ。

*2:https://www.haramuseum.or.jp/jp/hara/exhibition/382/

*3:0:30頃から

*4:展覧館で配布されたペーパーのテキストより

*5:展覧会で配布されたペーパーのテキストより

*6:展覧会で配布されたペーパーのテキストより「この方法は根治させる力を持っていた。三ヵ月後、私はもう苦しまなくなっていたのだ。厄払いが成功してしまうと、ぶり返すのが怖かったので私はこの一件を忘れ去った。十五年たって、私はそれを掘り起こすのである。」

*7:石内都/2007.5.1/株式会社赤々舎

*8:https://emuseum.desmoinesartcenter.org/objects/38136/study-after-velazquezs-portrait-of-pope-innocent-x?ctx=507f5a64-cee7-4e5d-89c3-08cfed0d89be&idx=0

*9:https://spitz-web.com/mikke/album/